1991年 イギリス
突如として自宅に現れたアジア系の少年は流暢な英語で同じく唐突に話しかけてきた。猫科の耳と尻尾があるのを見て私は最初ふざけているのかと思った
“君は何者だ?どこから現れた?“
声を発せなくなった私は単語カードで会話を試みる。すると彼は見たことのない機械を取り出した。
「これから起こることは内密にしてくれ。そのかわりこの時だけ声を出せるようにしてやる」
抵抗も虚しくそれが頭に取り付けられる。一瞬の刺激。「何をするんだ!」と怒鳴った。・・・いや、怒鳴った?
「驚いたか?俺が開発した神経制御型の人工声帯だ。」
信じられない。私はそう呟いた。
それだけの技術を聞いたことがない。イギリスにないのは確かだ
「君は一体どの国の者だ?・・・アメリカか?ロシアか?・・・それとも日本か?」
思い浮かぶ限りの技術立国をあげる。
「3つ目だ。ただしこの時代から60年後のな」
未来人だ。私は内心狂喜すると同時に落胆した。理論が間違っていたということだ
「何をしに来た?拉致か?誘拐か?」
「ま、それに近いかもな」
車椅子が勝手に動き出した。どうするつもりだと叫ぶが彼は感情のない表情で「あんたを未来に招待する。だが数時間もすりゃ戻ってくるし記憶もない」と答える。やがて私は光に包まれ、視界が暗転した
あれから何時間たっただろう。私は非常に快適な空間にいた。呼吸が楽にできるし体が軽い。
「ここは一体・・・?」
『医療ポッドの中です。貴方の病状を一時的に弱めています。しかしながくは持ちません』
医療ポッド。工学部が開発中だと聞いたことがある。それを先に実用化し運用しているというのか。ここはどこだ?
「日本のとある特務機関です。日本版MI6のような組織と考えてください」
パシュウ、と空気が抜けるような音がして天井が開いた。
「貴方に強化外骨格を装着します。しばしお待ちを」
なすがままの私に器具が取り付けられる。やがてチョーカーが取り付けられるとなんと歩くことができた
「まるでサイボーグだ・・・」
音も静かでラグがない。自身の手足のように動かせる。これはすごい。
「ではこちらへ」
「さっきは悪かったな。俺はーだ。サポーターの調子はどうだ?」
「問題はない。しかし名前が上手く聞き取れなかった」
「本名はない。別にいいよ。あんたをここに連れて来た理由を話そう」
ここが未来だと聞いたが本当のようだ。何しろ彼らの技術はSF映画以上のものであったからだ。
「現在開発中の動力炉。こいつはマイクロブラックホールの二つ特異点の差を利用している。設計が間違いないか、見て欲しいんだ」
縮退炉。この図面にはそう書かれていた。物質の縮退現象を利用した機関らしい。
「ふむ。この計算式は誰が作った?ここのデルタの値が違っている」
「やはり間違っていたか・・・どこが違うかわからなかったんだ。ありがとう。助かった」
「構わない。これだけのものを見せてもらっただけで満足だ」
私は彼についていく。するとしばらくして眠気に襲われた。瞬きをした瞬間、そこは古めかしい内装の部屋に変わっていた。外骨格を外され、人工声帯とやらもない。ここはいったいどこだろうか
「あんたを元の時間に戻す。だが覚えておいてもらうわけにはいかん。アイデアとしていろいろ残るだろうが記憶は消させてもらうぞ」
“ここはどこなんだ?”
「旧陸軍の研究所だ。ここで時間移動装置が作られた。世話になったな・・・。巻き戻し開始」
真空管などがついた装置を操作する彼。
“君とはまた会えるのかな?私にとっての未来で”
「さあな。俺があんたを連れて来た時点で時間軸が変わったはずだ。あんたの理論だろ?」
何故それを知っているか問おうとしたが未来の私が完成させたのだろうと思い口をつぐむ。再び私はあの光に包まれ、意識が途切れた
2056年 9月
少年秋は資料を読んでいた。縮退炉の設計図だ。複雑怪奇でまるで理解できない。しかしたった一つだけきになる単語があった
「兄者さん。何ですかこれ。貴方の悪ふざけですか?」
兄者と呼ばれた少年はムッとした顔で歩いて来て資料を読む。しかしその顔は呆れの顔へと変化していった
「あの野郎。いつのまに」
資料をひったくると鍵をかけて棚にしまう。そこにはこう書いてあった。
「S.W.H. (Stephen William Hawking)」
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